大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)534号 判決

控訴人は、「被控訴人鈴木喜徳郎は、被控訴人佐藤錦司の本件加害について、自動車損害賠償保障法第三条によつて損害賠償の責任がある、仮りに、同法条による責任がないとしても、右被控訴人佐藤錦司の使用者として、民法第七一五条の損害賠償の責任がある。」と主張するので次に判断する。

(一) 被控訴人佐藤錦司が本件事故発生当時、自動車修理工として被控訴人鈴木に雇われていたことは当事者間に争がなく、右事実と、〔証拠〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

(イ) 被控訴人佐藤錦司は昭和三六年三月、中学校卒業の直後から、静岡市内で自動車の修理と販売を業とする被控訴人鈴木モータースこと鈴木喜徳郎に自動車修理工として雇われ、それ以来その工員寮に住込みで働いていた。昭和三八年一月二五日、かねて知り合いの静岡市内の電気器具商である訴外増井登志夫が、テレビ販売等のために、同人所有の本件自動車を運転して、被控訴人佐藤延保の居村である大川村方面に来たが、翌二六日自動車が故障して動かなくなつたので、延保の家から三粁米程離れた道路わきに車を置いたまま、同日午後、かねてから懇意であつた右佐藤延保方を訪れた。同日(土曜日)夕刻被控訴人佐藤錦司が右佐藤延保方に帰宅したので、増井は右佐藤錦司に対し「自動車のエンジンの調子が悪い、電気系統も悪く、右前照灯の強い光線、ビーム・メーンランプもついたり消えたりして危険であり、ドアの建てつけも悪い。右のほかにも悪いところがあるかもしれないから、みてなおしてくれ」と申し述べて、これが修理を依頼した。右佐藤錦司は直ちにこれを承諾し、三、四日のうちになおして静岡市内の増井方に届けることを約した。翌二七日午前、右佐藤錦司は本件自動車を点検したうえ、バツテリーに充電したところエンジンは動くようになつたが、その他の故障個所はその場では修理できない状況であつた。そこで右佐藤錦司はその余の修理を加えることなく、同日中、本件自動車を運転して、自己の居住していた工員寮に帰り、被控訴人鈴木モータースこと鈴木喜徳郎の工場から約一〇〇米の距離にある同寮前の空地に本件自動車を搬入した。ところが同日午後八時過、たまたま同僚の杉浦登が日曜勤務を終り帰寮したので、両名一緒に遊びに出かけることになり、前記場所にあつた本件自動車に杉浦を同乗させ、被控訴人佐藤錦司がこれを運転して走行中、本件事故を惹起するに至つたものである。

(ロ) 増井は上記本件自動車の修理の依頼に当り、別段、被控訴人佐藤錦司個人に頼むとも、右佐藤錦司の勤務する工場に頼むとも明示的な指示はしなかったが、右佐藤錦司が被控訴人鈴木経営の工場に住込みの自動車修理工ととして勤務し、かつ本件自動車の故障は出先で簡単に直る程度のものではなく、したがつて右佐藤錦司に依頼すれば当然同人が右修理を被控訴人鈴木の工場の仕事として引受け、右修理の代金については後日被控訴人鈴木から請求が来るものと考えていた。一方、被控訴人鈴木の工場においては、当時従業員約二〇人位(うち、四人は事務関係)がいたが、日曜日も交替で勤務し、一般に修理の申込を受けてこれを断つた例は殆んどなく、修理の注文の受理は、原則として従業員の訴外鈴木義男が当ることになつていたが、修理工が顧客から直接受理することもあつた。(なお、右工場においては、修理の注文を受けたときは、内部的な事務処理の手続として、上記鈴木義男らが作業指示書を作成する例になつていたが、事実上修理を引受けた後、その作成が遅延していた場合もあつた。)しかして従来、被控訴人鈴木の従業員が、右工場の仕事の傍ら、個人的内職として他人の自動車の修理をしたような事例は全然なかつたし、右佐藤錦司においても、他にこのような内職を試みたことはなく、また個人的に上記認定のような故障について自動車の修理をなし得る道具も所有していなかつた。他面、被控訴人鈴木の工場が修理を引受けた場合、その自動車は、通常右工場または工場前の道路上に保管していたが、場合によつては右佐藤錦司が本件自動車を搬入した前記工員寮前の空地に保管しておくこともあつたのである。

(二) 以上認定したように、本件事故発生当時佐藤錦司が被控訴人鈴木に雇傭され、住込みの修理工としてその工場に勤務していた事実、増井が修理を依頼した際の本件自動車の故障の程度および右修理依頼の経緯、被控訴人鈴木の工場の運営状況および従業員が内職した事例のない事実並びに右工場が修理を引受けた自動車の保管場所の関係を合わせ考えるときは、本件自動車は、遅くとも、佐藤錦司がこれを前記工員寮前の空地に搬入するとともに、客観的にみて、被控訴人鈴木において、本件自動車について、何時でも自由に右佐藤錦司に指示して、これを自己の責任と計算において修理し得べき状況下に這入つていたもので、法律的には被控訴人鈴木の支配下に入つたものと認めるのが相当である。もつとも、前掲各証拠によれば、被控訴人鈴木は、佐藤錦司が増井から本件自動車の修理を頼まれた事実および右自動車を工員寮前空地に搬入した事実を当時全然知らなかつたことが認められないではないが、右事実は、未だこれをもつて本件自動車が法律上被控訴人鈴木の支配領域に入つたものと認めることの妨げとなるものではない。

しかして、原審における被控訴人鈴木喜徳郎、同佐藤錦司各本人尋問の結果によれば、被控訴人鈴木の工場においては、平素、自動車の修理業務の遂行上、修理依頼に係る自動車を修理工が運転していた事実のあることが認められ、甲第一四号証の記載内容中右認定に牴触する部分は採用し難い。そうしてみると、本件事故発生当夜の本件自動車の右佐藤錦司による運行は、客観的外形的には、被控訴人鈴木の事業の執行につきなされたものと認めるを相当とする。ところで自動車損害賠償保障法第三条は、自動車の人身事故による被害者の保護を図るため、民法第七一五条の使用者責任の規定を一層徹底させ、自動車の運行供与者に重い責任を課した趣旨に外ならないものと解され、しかも、前記説示の事実によれば、本件自動車の事故当時における運行は、客観的外形的にみて被控訴人鈴木のためにする運行と認められるから、被控訴人鈴木は右自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するものと解すべきである。しかして本件においては、同条但書所定の免責事由につきなんら主張立証がないから、同条本文の規定に従い被控訴人鈴木は、本件事故により身体を害された控訴人に対し、その損害を賠償すべき責あるものといわなければならない。

(村松 土井 矢ケ崎)

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